「天理教の神様は、どんな神様なのですか?」
このように聞かれる方の多くは、「どこにいるのか」「どんなご利益があるのか」といったイメージを思い浮かべている方が多いイメージです。
実際、私たちが普段から耳にする「神様」という言葉は、そうした文脈で語られる事が多いように思います。
しかし天理教においては、神様はそのような存在としてはあまり語られません。どちらかというと、世界と人間を創られた、私たちの「親」なる神様として教えられています。
なぜ神様は人間を創られたのか?
では、なぜ神様は人間を創られたのでしょうか?
天理教では、人間がたすけ合いながら陽気に暮らす姿を見て、神様ご自身もともに楽しもうという思いから、人間とこの世界をお創りになったと教えられています。
天理教の神様は、正式には「天理王命(てんりおうのみこと)」とおっしゃいますが、私たちは親しみを込めて「親神(おやがみ)様」とお呼びしています。
一般的な「神様」という言葉に、あえて「親」という言葉を添えるところに、天理教の大きな特徴があります。
それは、親神様こそがこの世界と私たち人間をお創りになり、今もなお、親が子を育てるような慈しみをもって見守り続けてくださっている存在だからです。
「陽気ぐらし」を見て、ともに楽しむため
遥か昔、この世界がまだ泥海(どろうみ)のように混沌としていた頃。
親神様はその様子を味気なく思われ、
「人間が互いにたすけ合い、喜びを持って暮らす『陽気ぐらし』の姿を見て、共に楽しみたい」
という思いから、人間とこの世界を創られました。
このことから天理教では、人間は親神様によって生み出された「子ども」である と考えます。
なお、この人間創造の経緯については、天理教の根本教理である「元の理」に詳しく説かれています。

神様との「親子関係」こそ信仰の土台
天理教の基本的な考え方は、神様と人間は「親子の関係」にあるということです。
子(人間)が親(神様)を慕って寄っていくように、
親(神様)もまた、寄ってきた子を慈しみ、守ってくださる。
このような関係に気づくことが、天理教の信仰の出発点となります。
このことは、天理教の三大原典の一つ『おふでさき』にも、次のように記されています。
このよふを初た神の事ならば せかい一れつみなわがこなり
(この世を創めた神であるならば、世界中の人間はみな私の子供である)
『おふでさき』第四号 62
この世を創めた親神様から見れば、世界中の人間はみんな我が子だ、とおっしゃっているお歌ですね。
また、
月日にハせかいぢうゝハみなわが子 たすけたいとの心ばかりで
(親神にとって、世界中の人間はみな我が子である。何としてでも助けてあげたいという心でいっぱいである)
『おふでさき』第八号 4
この歌では、親神様にとっては人間は「わが子」なのだから、
何としてでも助けてやりたいと思っている、ということをおっしゃっています。
いずれも、親神様の人間に対する気持ちがよくあらわれたお歌であると思います。
まとめ
まとめると、天理教の親神様は、
- 世界や人間を創られた、生命の根源である神様であり、
- 人間の成人を楽しみに、守り育ててくださっている神様であり、
- 苦しいとき、辛いときも、見捨てることなく「たすけたい」と思われている神様
である、と言うことができます。
だからこそ、そんな「親の思い」を伝え広め、親神様が待ち望まれる「陽気ぐらし」の社会を各地域で実現するため、全国に天理教の教会があるというわけです。
天理教Q&A のコーナーでは、世間一般の視点や、社会との関わりの中で感じる天理教への素朴な問いに対して、マクロな視点で分かりやすくお答えしていきます。
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