皆さん、はじめまして。
私たちは、京都府綾部市にある天理教の小さな教会です。
決して大きな教会ではありませんが、実は意外と長い歴史があります。 建物も決して新しいとは言えませんが、できることを一つひとつ、力を合わせて続けてきました。
このページでは、そんな天理教綾部分教会が大切にしていること、いまの活動、これまでの歩みをご紹介します。 どうぞ、肩の力を抜いて最後までお読みください。
綾部分教会の使命・理念について
「心の暗がり」を照らす、地域の「灯台」でありたい
天理教の神様のお言葉である『おさしづ』の中には、次のようなお言葉があります。
夜の暗がりは通れるなれど、昼の暗がりは通れん。これをよう聞き分け。
(明治34年10月13日 おさしづ)
夜が暗いのは、あたりまえのことです。灯りを頼りに足もとに気をつけて歩けば、誰でも通り抜けられます。
けれど、明るいはずの昼間に暗がりがあっては、道を進むことができません。
私はこのお言葉を読むたびに、「昼の暗がり」とは「心の暗がり」のことを指しておられると感じます。
仕事のこと、人間関係、家族のこと。思うようにいかず、先が見えなくなる時期は、誰にでも訪れるからです。
私たちは、そんなときに、そっと足もとを照らす「灯り」でありたいと考えています。
「地域の灯台」に込めた思い
綾部分教会の上級教会である「天理教山陰大教会」の設立願書には、次のような言葉があります。
世人をして将来方向の灯台を開設し、 徹頭徹尾真理拡張せんと欲し。
天理教山陰大教会 設立願書より引用
ここには、後に綾部分教会の4代会長となる桑原喜太郎も署名をしていますが、いかにも港町の舞鶴らしい言い回しです。
船が暗闇の海を進むことができるのは、灯台が進むべき方向を示してくれるからです。
同じように、さまざまな理由で立ち止まってしまった人にとって、天理教の教えが「灯り」となるように、綾部分教会もこの地で「灯台」のような存在でありたいと願っています。
それが、歴代会長の願いであり、私たちの使命、教会の存在価値だと考えています。
綾部分教会の歴史と沿革
明治27年(1894年)の設立
天理教綾部分教会は、1894年(明治27年)6月9日に設立しました。
当時は現在の綾部駅前に約360坪という広大な土地を有し、丹波・丹後地方における天理教の大きな拠点として、壮大な神殿が建っていたようです。
ただ、当時の舞鶴や綾部をとりまく空気は、穏やかではありませんでした。
明治27年というと、ちょうど日清戦争が開戦した頃です。
舞鶴に海軍鎮守府を設置することが決まり、町は急に軍都へと姿を変えていきます。さらに、軍事資金調達のための税金は増える一方で、一人一人の暮らしに暗い影を落としていました。
しかし、この暗い戦争ムードのなか、人間は皆兄弟であり、互いに助け合う姿を目指した「陽気ぐらし」の教えを知り、これを布教しようと志した天理教信者のグループが立ち上がります。
その一人が、後に綾部分教会の会長となる桑原喜太郎(くわばら きたろう)でした。
これが、先述した山陰大教会の設立へと繋がっていきます。
存続の危機を経て
日清戦争を終えてもなお、軍国主義をすすめる明治政府と天理教は次第に対立し、ついには明治29年に内務省訓令が発令されます。
綾部駅前に大きな神殿を構えていた綾部分教会も、この弾圧によって建築費用の支払いや維持が行き詰まり、莫大な負債を抱えることとなりました。
そのため、土地も建物も手放して、いまの神宮寺町へ移らざるを得ませんでした。また、教会を支えてきた信者らの心も離れ、会長も何度も入れ替わりました。
大正4年、そんな綾部分教会を立て直すために、山陰大教会の役員だった桑原喜太郎が会長として派遣され、4代会長に就任します。
当時の神殿には屋根すらなく、夜は傘をさして寝たという話も伝わっています。
そして、それから今日まで、桑原家が五代にわたって、この教会を守ってきました。
そして現代へ
時代は変わりました。けれど、心に暗がりを抱える人がいることは、いまも変わりません。
歴代会長が思い描いた「陽気ぐらし」は、まだ道の途中です。
私たちは、歴代会長の思いを受け継ぎ、陽気ぐらしの教えを日々の暮らしの中で実践します。
その姿を地域や信者の家庭に分かち合うことで、一人ひとりの心を明るく照らし、より多くの人が陽気な日々を送れる社会に、少しでも貢献したいと考えています。
現在の活動について
高齢者シェルター
教会から徒歩1分の場所にある長屋の一室を信者詰所として、身寄りのない方に住まいとしてお貸ししています。
定員は1名で、現在は満室のため、新しい受け入れはしていません。
朝夕のおつとめ
毎日、朝と夕方に「おつとめ」をつとめています。どなたでもご参拝いただけます。
時間や、初めての方へのご案内は、[参拝・アクセス]のページをご覧ください。
月次祭
毎月17日には、月次祭をつとめています。
こちらも詳しくは[参拝・アクセス]のページをご覧ください。
陽気ぐらし通信
毎月、日々の暮らしの中で気づいたことや、教会の様子をお知らせする教会報『陽気ぐらし通信』を発行しています。
日々の気づきや、教会の出来事を、後継者の視点からつづっています。
教会の者がどんなことを考えているのか、読み物として気軽にのぞいてみてください。
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終わりに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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