この記事は、天理教綾部分教会が発行している会報『陽気ぐらし通信(2026年6月号)』の内容を、Web用に再編集してお届けするものです。
先月から今月にかけて、年祭が続きました。
5月には、妻の祖母の5年祭に参拝するため、岐阜県にある天理教海津分教会を訪ねました。同じく5月末には、山陰大教会役員の井本大先生の10年祭がありました。
そして今月末には、私の祖父でもある、綾部分教会第六代会長・桑原喜信の10年祭が控えています。
なんの巡り合わせか、故人を思い出すことの多い月でした。
「法事はもう、やらなくてもいいかな」
そんな日々を過ごす中で、最近よく耳にするようになった、ある言葉が頭をよぎりました。
「法事はもう、やらなくてもいいかな」
天理教でもコロナ禍以降は家族葬が増え、年祭を取りやめる家庭が増えています。
また、世間一般でも、病院から直接火葬場へ向かう直葬が増え、一周忌や三回忌を省略する家庭も珍しくなくなりました。
実際、法事を続けていくのは簡単なことではありません。
実家から遠く離れた土地で暮らしていれば、法事のたびに帰省するだけでも大変です。仕事の休みも簡単には取れません。兄弟や親戚と日程を合わせるのもひと苦労ですし、お寺や教会への連絡、お供えの手配、会場の準備など……。
「わざわざ集まらなくても、心の中で手を合わせていればいいんじゃないか」
そう思う気持ちは、とてもよく分かります。忙しい日常の中で、精一杯生きている人ほど、そう感じるのは自然なことだと思います。
けれど、年祭の準備を進めながら、私はふと考えました。
「もし法事や年祭がなくなったら、残された人々の悲しみは、いったいどこに行くのだろう?」
今月は、そのことについて、後継者として思うところを書いてみようと思います。
祖父との思い出
年祭の準備を進めていると、自然と故人のことを思い出します。
私の祖父・桑原喜信は、綾部分教会の六代会長をつとめた人でした。
祖父の実子は娘が四人で、私の父は婿養子です。跡継ぎを切望していたであろう祖父にとって、私は待望の男児の後継者だったようです。四人兄弟の長男という共通点があったからか、祖父の期待もひとしおだったように思います。
「お前は長男なのだから」
それが祖父の口癖でした。何かにつけて叱責を受け、弟との扱いの違いに戸惑うこともしばしばありました。時に理不尽とも感じるような厳しい仕込みも、少なからず受けました。
しかしその一方で、「お前は立派や」「お前はすごいなァ」と、不出来な私を認め、励まし、大切に育ててくれたのもまた、祖父でした。
今、祖父と同じ道を歩むようになり、綾部分教会六代会長としての功績や、山陰大教会役員としての御用の記録に改めて接するたびに、その重厚な歩みを深く痛感します。そしてそれと同時に、その陰にあったであろう何気ない日常の喜びや苦悩を、以前より少しだけ推し量ることができるようになりました。
祖父が亡くなって10年。振り返ってみると、こうして祖父のことを深く考える時間は、いつも年祭の前後に集中しているように思います。
もし年祭がなかったら、忙しい日常に追われて、ここまで立ち止まって祖父のことを思い返すことはなかったかもしれません。
年祭という「節」があるからこそ、日々の手を止めて、故人と向き合う時間が生まれる。10年祭を前にした今、改めてそのことを実感しています。
「悲しみ」は「懐かしさ」になってはじめて受け止められる
大切な人を亡くしたとき、私たちの心には、大きな穴が空きます。その穴は、時間が経てば自然に塞がるかというと、私自身の実感としては、そうではありません。
結局のところ、私たちは、大切な人を失った悲しみを、一度に消化することはできないのだと思います。一年、五年、十年……と、時間をかけて少しずつ受けとめていくしかないのかもしれません。
そしてそのためには、定期的に故人を思い出す「きっかけ」が必要です。
つまり、私たちは年祭や法事という節目をきっかけにして、故人の顔を思い浮かべ、声を思い出し、一緒に過ごした日々を振り返っているのです。
最初のうちは、辛くて涙が出るかもしれません。けれど、年祭や法事を繰り返すうちに、一緒に過ごした時間や、かけてもらった言葉などが「二度と会えない悲しみ」から、あんなことがあったなあという「懐かしさ」に、ゆっくりと変わっていきます。
そうして初めて、私たちは悲しみを受け入れることができるように思います。
逆に、もしその節目やきっかけがなくなってしまったら、どうなるでしょうか。きっと悲しみは行き場を失って、心の中に残り続けるのではないかと、私は思います。
悲しみを受け入れるためには「きっかけ」がいる。年祭や法事は、そのためにあるものだと、私は思います。
天理教の年祭は「残された人のためにある」
天理教では、人が亡くなることを「出直し(でなおし)」と呼びます。
死は「終わり」ではなく、魂が新たな身体をお借りして、再びこの世に生まれ変わるための「始まり」でもあると、教えられているからですね。

だからこそ天理教の年祭は、故人のためだけのものではありません。残された人々が、故人への感謝をきっかけに、自分自身の生き方を見つめ直すための節目でもあるのです。
天理教の「出直し」の教えや、仏教の法事との違いについては、以下の記事で詳しく解説していますので、ぜひあわせてお読みください。
たとえ形は変わっても、役割は残したい
時代は変わります。葬儀の形も、法事の形も、これからもどんどん変わっていくでしょう。それ自体は、自然なことだと思います。
昔ながらの形を何が何でも守らなければならない、とは思いません。それぞれの家庭にそれぞれの事情があり、精一杯の中で選んだ結果であれば、それを誰にも責める権利はありません。
ただ、形は変わっても、悲しみを受け止めるための「きっかけ」は、残された人々にとって必要なものです。
もちろん立派な法事でなくても大丈夫です。大人数が集まらなくてもいい。たとえば、故人の命日に手を合わせる。写真を眺めて、少し思い出話をする。故人が好きだったものを食べながら、あの頃の日々を振り返る。
形は何であれ、故人を思い出す時間を、意識して持つこと。
それだけで、悲しみを受け止めるための心の準備が整います。
教会としても、こうした年祭を一つひとつ丁寧につとめていくことを通して、残された方々の悲しみに寄り添い、ともに歩んでいきたい。
祖父の10年祭を前にして、改めてそう思いました。
これからも、あなたの心が少しでも明るくありますように。
「陽気ぐらし通信」では、日々の出来事の中から、心を明るくするヒントをお届けしていきたいと思います。
それでは、また来月。
(文・桑原信司)
